岸辺に立って川の流れを眺めていると、なぜかそわそわして投げたくなります。そして、探します。足元をキョロキョロして、ころ合いの大きさで平べったいヤツを。老若男女を問わず、たいがい横手投げか下手投げです。着水する角度が重要なことを、人は本能的に分かっているのかもしれません。
水切り。地方によっては石切り、跳ね石などとも呼ばれます。水面に向かって石に回転をかけるように投げ、ぴょんぴょん跳ねさせる遊びです。実は、埼玉は全国屈指の水切り遊びの聖地です。なぜでしょう。そこにはふかーい深い理由がありました。まずは、水切り遊びを究めた名人の奥深い話題です。
危険に鈍感な子どもたち
訪ねたのは熊谷市。市内を流れる荒川に「水切り名人」と呼ばれる人がいます。熊谷水切り倶楽部代表の森川寛さんです。55歳を過ぎて水切り遊びの魅力に取りつかれ、練習と研究を重ねて、ある大会に出場しました。
宮城県丸森町で2003年に開催された第6回全日本石投げ選手権大会。初めて出場したこの大会で、森川さんはあっさり優勝してしまいます。この快挙が注目され、新聞やテレビなどに取り上げられるようになります。「水切りチャンピオン」。マスコミは森川さんをこう呼びました。
「チャンピオンには違いないんだけど、名人と呼ばれるほうが好きだな。名人には努力して究めるといった印象があるでしょ。水切りを思想的に深めたかったんだよ」
水切りは自然の不思議を感じられる太古から続く遊び、と森川さんは言います。「子どもは本来、遊びを通して成長する生き物。なのに、子どもに教えることが増えると、今の子どもたちが水辺で遊ぶときの危険を知らず、感性が育っていないことにびっくりした」。
最も恐れたのは事故です。隣の人と間隔を空けて投げる。人の後ろから投げてはいけない。一つ一つ教える必要がありました。水切り遊びをきっかけに、子どもたちに自然を知ってほしい。水切り遊びを広めることには意味がある。「まずは目に触れて、水切り遊びを知ってもらおう」。森川さんは積極的に取材に応じるようになりました。
美しい波紋 一期一会の喜び
ある人類学者は、私たちの祖先がヒトへ進化したのは石を速く、遠くへ投げる能力を身につけたときだ、とします。人は石を投げるだけで楽しめる、と話す名人・森川さん。幸せになれる、とまで言っちゃうのはさすがに気が引けるから、と笑います。
「石を投げる瞬間から、石が沈むまでのすべてが水切りである。投げた石が跳ねて、やがてぶくぶくと沈む。その一連の中に自然現象の面白さと偶然の美というものを感じられるか。不思議を感じられるか。実験と体験を繰り返し、理想に近づいていく。水切りは人としての修行の道である」。
名人の遊びは本気です。森川さんにとって、水切り遊びはもはや「道」。さすがです、究めています。単純なようで実に奥深く、今でも新しい発見があるそうです。
水切りは、気体、液体、固体の様々な原理が相互に影響して起こる複雑な流体現象だといいます。石、水面、天候、そして人。すべてが調和したとき、奇跡のような美しい波紋が生まれます。ただ、はかない、一期一会。「きれいな波紋が出ると、不思議と誰でも、うれしい気持ちになるよね。その素朴な喜びが水切り遊びの魅力」。
コツは教えない。けど、少しだけ
「コツは教えないことにしている。だって、それを発見するのが楽しいんだから。始めたころは手取り足取り教えていたんだけど、それではだめだと分かった。特に、子どもには自ら気づくように教えることが大切」。
肩の強さによって、最適な石は違います。石に速度があると空気にあおられ、着水のコントロールが難しくなり、うまく波紋ができません。「石選びの基本は、その人の力で、速度を落とさず投げられる極限の大きさを選ぶこと」。石の選び方一つで、波紋の数や跳ねる距離が大きく変わるのが水切り遊びの面白いところです。
だから、小学生の女の子がプロ野球の投手に勝てることも。親子の真剣勝負。下手に挑むと、子どもにかなわないかもしれません。
静かで穏やかな水面では、子どもにも大人顔負けの水切りができます。自由に石を選べるのが水切り遊び。石との出会いが遊びの始まり。石は上流に向かって探すと見つかりやすい。自分に合った石との出会いが水切りの極意です。
すてきな石に出合う川
流れが穏やかで、川面が広く、「荒川は、まれにみる水切り遊びに適した川」と、森川さんは話します。ちょんぎり、ちょんべ、ちょっきり、けんけん、ちょっぴん、みずくぐし、ちょうま、みずすまし、ちょうめん。荒川水系には、水切りと合わせて10の呼び名があるとか。埼玉が水切り遊びの聖地である証かもしれません。
「荒川の河川敷には、水切り遊びに適した石がたくさんある。結晶片岩という種類で、平べったくなりやすい。長瀞辺りから流れてくるらしい」。
水切り遊びは遊びの中に発見と出会いがあって、単純だから素朴な共感が生まれる。名人・森川さんの名言です。この夏、親子で投げてみませんか。すてきな石が待っています。
次回は、水切り遊びの本当に深い話。地中20キロの話題をお届けします。