埼玉県上里町を流れる御陣場川。河道はわずか2、3mの小さな川ですが、れっきとした一級河川です。「水や生物と親しむことができ、水際に近づける場所の創出」を目指して、埼玉県が十数年前に親水護岸を整備しました。

自転車を担いで飛び石を渡る中学生がいます。ここで川を渡るのが学校への近道です。護岸には魚巣が設けられ、夏場には魚獲り網を振り回す子どもの姿がちらほらと。川面を吹き抜ける風を求めて、赤ちゃん連れやお年寄りが夕涼みにもやってきます。

「御陣場川自然公園」。大げさな名称に苦笑しつつ、ご近所さんはささやかなこの場所を愛しています。年に数回集まって、草刈りや清掃、川のほとりにある花壇の手入れなどを続けてきました。稚魚の放流会やお祭りを開いたこともあります。

しかし、今、活動の継続が危ぶまれています。地域の高齢化が進み、活動に参加したくてもできない人が増えました。子どもが減ってにぎやかな声を聞く機会が減っています。コロナ禍で活動を自粛したことが活動の担い手減少に拍車をかけました。

身近な川を地域の力で守り続けたい。ただ、決め手はなかなか見つかりません。

ドジョウの放流会(写真・みずすましの会)

水辺再生事業と埼河連の誕生

 

「多くの団体が今、同じような悩みを抱えている。中には、すでに解散の道を選んだ団体もある」。こう話すのは、埼玉県河川環境団体連絡協議会(埼河連)の代表を務める大石昌男さんです。「埼河連は協議体という緩やかな組織で、明確な会員名簿はない」そうですが、主力構成団体はおよそ100。自治会などを核にした団体とは異なり「多くが独立して環境活動に取り組む市民団体」です。

2008年3月。16の団体が埼玉新聞社の旧本社(さいたま市浦和区)に集まりました。埼玉県が新年度から始める「水辺再生100プラン」について説明を聞くためでした。この事業は、県内の水辺100カ所を集中的に整備するもので、やがて「水辺deベンチャーチャレンジ」や「SAITAMAリバーサポーターズプロジェクト」へとつながっていきます。

「これまでにない大きな事業を市民の力で支えたい。事業を下支えする、受け皿になる市民団体の全県的なネットワークが必要だと感じていた。会合は、まだ発表できないとする県に頼み込んで実現したもので、埼玉新聞社の協力が大きかったと思う」。

これには、埼玉新聞社の関根正昌社長(当時は取締役)もかかわりました。地元メディアの協力を得て、大石さんらはその場で埼河連の設立を決めます。同社からも担当者が加わり、産声を上げました。関根社長は当時を振り返ってこう話します。

「みどりと川の再生は県の重点施策になり、埼玉発の取り組みが全国へ広がった。当時、協働や官民連携といった言葉が新しい時代を予見させ、その流れは途切れることなく今に続いている。環境保全に加えて川を舞台にした経済活動へ、まちづくりへと広がろうとしている。地元メディアとして頼もしく思っている」。

つながることが力になる

埼玉県内には「川の国応援団」に登録している団体が761(2023年10月13日現在)あります。その始まりもまた「水辺再生100プラン」でした。多くが事業実施地域の自治会などを核として組織されました。清掃や環境学習などに取り組む団体で、埼玉県は活動に必要な資材の提供や貸し出しのほか、広報などの面から支援しています。

今年2月、さいたま市で開かれた川の再生交流会2023。主催は埼玉県、協力に埼河連が名を連ねています。参加者アンケートによれば、回答者の46%が「川の国応援団」に所属する人たちでした。大石さんは「応援団はその生い立ちから、活動に熱心でも地域を超えてつながる力が弱く、結果的に埼河連がけん引役を担ってきた」と話します。

我々は…。私らは…。そして、いよいよ熱を帯びてくると「わしらは」とくだけた表現をする大石さん。「川は流域でつながっている。目の前を流れる川の課題を解決するには流域全体、ときには海やほかの流域とつながることが大きな力になる。わしらは、その重要性をこれまでの活動から経験的に学んできた。後に続く世代の皆さんへ、そのことを伝えたい」。

アンケート回答者の26%は、大学生や高校生などの若い世代。そして、1割を企業が占めています。

将来への置き土産

JR埼京線の戸田公園駅近くの菖蒲川。流れを遮るように浮きロープが左右岸に結ばれています。流れてくるごみを受け止めて回収するために、大石さんが会長を務める戸田の川を考える会が設置しました。岸には引き上げたごみが箱に積まれています。

1980年代まで、菖蒲川はごみの川だったと言います。「住んでいるわしらが何とかしないといけない」。ときには川に浸かってヘドロにまみれ、自転車やタイヤを引き上げるなど本気の汗を流してきました。2000年には、環境大臣表彰を受けました。

「20年、30年と続けてきたわしらの市民運動は今、正念場を迎えている」と言います。会員の高齢化と進まない世代交代は、埼河連の仲間の共通した課題。これにコロナ禍の活動自粛が追い打ちをかけて、やめどきを見極める動きが広がっているからです。

昨年11月、戸田の川を考える会はNPO法人を解散しました。「これからは任意団体として、できる範囲で活動を継続する」。何だかさびしそうにも聞こえますが、会を残すことには意味があると力を込めます。

「地域の川の現状を知れば、かつてのわしらのように何とかしようと思い立つ人がいずれ必ず現れる。解散せずに会の名前と財産を残しておけば、その人たちへのいい置き土産になると思う」。

何とかしようと踏み出す一歩は小さくても、やがて大きな歩みにつながります。次回は、川を守る「受け継ぐ一歩」の話題をお伝えします。

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