左から間々田四郎さん、阿久戸幸男さん、川名正善さん

JR高崎線下り方面。埼玉県最後の駅、上里町にある神保原駅を出発し、すぐに小さな鉄橋を渡ります。車輪がガタンと音を響かせる間もないほど、短い橋。ほとんどの乗客はきっと、電車が川を渡ったことに気づかないでしょう。

一級河川、御陣場川。河道はわずか2~3mの小さな川です。この鉄橋付近から下流の柿木橋辺りまでの270mの区間に、埼玉県が十数年前「水や生物と親しむことができ、水際に近づける場所の創出」を目指して親水護岸を整備しました。ここを地元で守り育てようと、名乗りを上げた人たちが「御陣場川自然公園」と名付けました。

「自転車を担いで飛び石を渡る中学生を見かけるし、小魚を追いかける子どもたちもいるからね、草刈りくらいはしてやらないと。ただ、みんな高齢だから」。苦笑しながら話すのは右岸側の守り手、みずすましの会の阿久戸幸男さん。89歳の会長です。コロナ禍で活動を自粛していた時期も、役員数人で草刈りだけは続けてきました。

そろそろ潮時だろうか。活動に区切りをつけようか。仲間とそんな話をしていたそうです。4年ぶりに活動を再開し、あらためて気づいたことがあると言います。

共に汗を流し 分かり合う関係

11月とは思えない暖かな朝。会員が参加して久しぶりに行う作業は、植え込みの手入れと草取りでした。帽子に軍手、タオルを首に巻いて、かまなどを手に人が集まってきます。会員は40人ほどいますが、この日の参加は16人。シルバーカーを押して来る人、会の中では若手と呼ばれる60代も、顔を揃えました。「何しろ平均年齢は後期高齢者以上だから」と笑います。手伝いますよ。この日は子育てがひと段落した40~50代が数人、飛び入り参加してみんなを喜ばせました。

作業しながら他愛のない話題で、会話が弾みます。皆さんが川の活動を楽しみにしていたことが分かります。「できることを無理せずに続けようと思い直した。若い世代が参加してくれるのは本当にうれしい。会の存続のためというより、この地域を担う人たちだからね。地域の行事が減って、近所の子どもや若い人の顔が分からない。人は共に汗を流して分かり合えるもの。川の集まりが、人や地域のつながりを深める場の一つになればうれしい」。

命を守る 地域の力

行政も人のつながりを深める地域活動に、期待を寄せています。上里町くらし安全課長の間々田亮さんに町の洪水ハザードマップを見せてもらいました。御陣場川の両岸が「家屋倒壊等氾濫想定区域」になっています。「町の北を流れる大河川、烏川の洪水に注目しがちですが、御陣場川などの地域を流れる川にも目を向けてほしい」と、間々田さんは話します。

行政は防災情報の伝達に、あの手この手で知恵を絞っています。「最後に命を守るのは、ご近所の人のつながりや地域の力です。自力で避難が難しい人を、誰がどのように助けるのか。避難には、顔が分かる関係から一歩踏み込んだ深さが、必要です。地域活動に合わせて避難訓練を実施するなど、工夫していただけるとありがたいです」。

 とんとん とんからりと――。阿久戸さんは戦時歌謡を例に挙げて、こう話してくれました。「この地域には人のつながりがまだ残っている。ただ、昔よりずいぶん希薄になった。次の世代に受け継いでほしいのは、つながりの深さ。トイレを貸してと気軽に声をかけられるような関係を伝えたい」。

『格子を開ければ 顔なじみ』。ささやかな川の活動が奏でる「小さな川のメロディ」が聞こえてきそうです。

志を社会全体で引き継ぐ

「河川協力団体などでは、全国で事業承継が課題になっています。メンバーの高齢化と活動を引き継ぐ担い手の不足などが理由です」と話すのは、水辺総研代表取締役の岩本唯史さんです。水辺好きの輪を広げ、水辺空間の利活用をまちづくりにつなげる官民連携の「ミズベリング」プロジェクトのディレクターでもあります。

「団体を立ち上げた人たちの志や良心に基づいて続いてきた活動が岐路に立っています。その多くが行政の公物管理の都合に民間側が合わせることがどうしても必要だったため、官と民の関係性がとても繊細で、その関係性を新しい人材が理解するということにそもそも難しい面がありました。加えて、活動を引き継ぐべき40~50代は就職氷河期世代で、自由に使える可処分時間が、そもそも少ない。これらが重なって解決を難しくしています」

2011年、河川空間の利活用に関する規制が緩和され、営業活動を行う民間事業者などによる河川敷などの占用が可能になりました。「河川空間のオープン化」といわれ、水辺のオープンカフェやイベントなど、にぎわいの創出につながっています。

「ミズベリングを続けてきて、河川の民間の担い手と行政との関係性を新しいステージに導ける可能性があるのではないかと考えています。これからは民間のやりたいことを行政が支援するという、これまでとは逆の関係性を構築することで、民間の主体性を高めて官民連携の新しい関係性を作り、まちづくりにつなげる。規制緩和の背景にはこうした狙いがあると思います。また、活動の財源は自主財源なのか、補助金などの税金なのか。事業の持続可能性を含めて、事業性の視点が重要になると思います」

これから、川を守り育てる担い手はどうなるのでしょう。岩本さんはこう言います。「河川空間のオープン化によって、全国で新しい事業や担い手が生まれています。新しい担い手の出現によって元からの担い手との間に対話が生まれ、地域の水辺を支えるという志は社会全体でしっかり受け継がれるといいなあ、と思います」。

埼玉県では、川を愛し、守り育む意識の向上を図るとともに、魅力ある水辺空間を創出し、そこに人が集まり、賑わいが生まれることで、川がより身近になり、県民の川への愛着が高まるという好循環を目指し、ソフト面、ハード面の両面で取組を進めています。

川の清掃や環境学習などに取り組んでいただている川の国応援団、企業、個人の取組と連携をソフト面で支援するSAITAMAリバーサポーターズプロジェクト、通称リバサポと、企業等のアイデア・ノウハウを活用しハード面の整備を行うNext川の再生・水辺deベンチャーチャレンジです。

両事業は、リバサポに関わる企業や応援団のアイデアを生かした魅力ある水辺空間の整備・創出を進めるとともに、水辺deベンチャーチャレンジで整備した水辺空間で行われるイベントや美化活動への参加をリバサポに関わる個人に促すなど、両事業の連携による相乗効果が生まれるよう、相互に連携を図っています。

リバサポでは、応援団の交流促進や応援団への活動の資機材の貸出し・提供、企業と企業、企業と川の国応援団とのマッチング、応援団や企業の活動情報や川の魅力の発信などにより、応援団、企業、個人、それぞれの活動と3者の連携を引き続き支援していきます。

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